赤い音楽と青い服

音楽、ファッション、映画でいい感じに飛び跳ねるブログ。

好きなことを仕事にできない。だったら別の好きなこと探したほうがいい。



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疲れてるなら、川の画像見て落ち着こうや。

夢はたくさん持ったほうがいい。だって諦めたときにすぐ次の夢にいけんじゃん。ずっと、ときめいてられるんだぜ!!今日は仕事の哲学。

 

 

好きなことを仕事にできないのはなぜか?

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世間では多くの人が高校、大学、大学院を卒業してから就職という道をたどる。就職するのはこの後。普通に考えると、ここでは『就職しなければならない』という昔からの流れがある。この流れは思ったより激流で、並大抵の決意や、中途半端な想いであれば、簡単に流してしまうほどである。

この流れの中で、『好きなことを仕事にする』という理想も流されてしまう。

 

というか、流れが来てから『好きなことを仕事に!!!』と意気込んでも、流れが来る前から準備していた人たちからすれば、一歩遅いのである。彼らは、早い段階から、丈夫な船を作り、激流の波を研究して、どう乗りこなすかを知っている。

そして、良い待遇の、狭き門である就職先でも入ることができる。

もちろん、仕事には定員がある。資本主義において、賃金の発生する仕事は取り合いなので、『好きなことを仕事にする』ことができないのも無理はない。

準備が遅すぎた場合

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準備が遅すぎた。と後悔する人がいる。

好きなことを仕事にできていない状態で、それは準備が遅すぎたことになる。もっと多くのことを学んでいけばよかったと思うのである。もっと早くこうしておけばよかった。もっとこうしたほうがよかったとか。

年齢が若い場合は、とりあえずいったん就職をしてから、好きなことを勉強するという手もとれる。賢明な僕の友達は、第一志望に通らず、第二志望の職場に行った。ただ、第一志望への情熱を、6年間も燃やし続け、転職に成功する。今の彼は、以前よりも生き生きとしている。(ただ、情熱をもっていた6年間も生き生きとしていたが、)

 

年齢は残酷

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ただ、社会というのは悲しいもので、年齢で多くのものが憶測されてしまう。これも事実である。好きなことをするのに、適当な年齢でなければ冷遇されてしまう場合が多い。バンドで例えると、60歳の若手バンドが注目されることは、まずない。それよりも若くてぴちぴちしてフレッシュさがあるものを社会は好む。一般的に新鮮な刺身のほうが価値があるのだ。一方で若すぎると『顔を見るだけで信頼に欠ける』といった理由で、不利に働く職業だってある。対面営業なんか童顔すぎるとダメだといわれたりする。

好きなことで生きていくで有名なユーチューバ―もそうである。おっさんが1人でひたすら更新をしている。(そこに美しさを感じる人間はいる。僕は彼の頑張りを応援したいし、時折見える『影』が人生のはかなさを現しているようでグッと来てしまう。)

ただ一般的には、そこの悲惨さは目も当てられないものである。そして一般的には楽しくないものである。『いい年してなにやってんの』となってしまう。そのくらい一般の年齢に対する評価は厳しいものがある。本人が希望を持ってやっていれば、僕がとやかく言う筋合いはないし、ほかの人もあーだこーだ言う筋合いはない。ただ、『好きなことを仕事にする』ことは『好きなことが仕事になるまで批判される』ことを十分わかってほしい。

そして、それと同時に生きていくうちに年をとり、思うようにいかなることもある。求人の募集要項には年齢制限もあったりする。そして、見えない年齢制限も実はある。ないようで実際にはある。

別の好きなことを見つける

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好きなことが仕事になる人は少ない。これも事実だ。それはさっきも書いた、激流の研究がよくできている人か、または『激流から逸れて生きていくと決め、その中で自分の泳ぎやすい流れ』を見つけたものだけである。

ただ、年齢は残酷だ。泳ぎやすい流れを見つける間、『生きていく』という最も簡単で、難しい問題をクリアして行きつつ、流れを見つけるという二足の草鞋を履くことになるのである。

好きなことは多くの場合、自分で勉強する。その間は苦じゃないはずだ。好きなことであるから、勉強とも感じないものがあるはずだ。それを仕事にしたいという考えは誰しもが持つ。ただ、さっきの『見えない年齢制限』があるからリミットもわからずに夢中に行動し、挙句の果てに悲劇のヒロインとなり、自ら命を絶つこともあるのだ。

かしこい君も薄々気が付いているのではないだろうか。見えない年齢制限があることを。好きなものを仕事にするとして、その仕事をしている人たちの平均的年齢。そして、世間一般的な印象の持ち方を。60歳のユーチューバ―より20歳のユーチューバ―のほうが勢いもフレッシュさもあるだろう。『夢』には年齢制限はないが、『社会性』には年齢制限はあるのだ。

夢をあきらめろ!と言っているわけではなくて、僕が提案したいのは『好きなことを増やしてみるのはどうだろう』ということである。

自分が『どうしてもこれで飯を食っていきたい』というものがある。その仕事を客観的に見たときに、自分のやっていることが果たして社会に求められているのか。年齢もいい感じに合っていて、続ける自信はあるのか。そういう考えを一度張り巡らせてほしい。そうすると、視野が広がり、『飯を食うことができるのか』わかってくるはずである。『好きなことを仕事にする』には市場調査も大事だ。その市場で自分に商品価値はあるのか。一度冷静になってほしい。

 

そして、そのうえで、『自分の存在に市場価値がある好きなもの』を探してほしい。その仕事のほうが食べていく可能性はずっと高くなる。無理して、『これで行く!だって好きだから!』という考えを持ち続けないでほしい。盲目的に好きなことをして、『すべてがうまいかなくとも、夢に生きたから満足だ。』と思える強い人間ならそうしたほうがいいのかもしれないが、僕たちは思っている以上に弱く、そして後悔をしてしまう。

まとめ

僕たちは簡単に自分で命を落とさない限りは、死ぬことはない。一生かけて、自分と社会のちょうどいいフィットする場所を探し続けられる。もちろん『社会性とうまく向き合いながら』である。誰よりも早くという焦る気持ちはあるが、それでも『一生探す』と考えると時間はある。

だからどんな状態でも自分を見つけて自分と社会を照らし合わせ、『食っていけること』を見つけてほしい。