赤い音楽と青い服

音楽、ファッション、映画でいい感じに飛び跳ねるブログ。

こだわりを持っている人は怖い。



f:id:SASAKI-FUJIWORI:20160802135106j:plain

 

こだわりって怖い。

 

 

こだわりは人をかっこよくするけど、同時に閉鎖的にもしてしまう。最近はどちらとも上手く取れる人になりたい。

 

もちろんこだわりをもっていて相手への理解もあり、本当に優しい人が多い世の中ではあるのだが、中では、『こだわりを押し付ける人』がいる。

今日はその『こだわりを押し付ける』人について。

 

音楽においてのこだわり

 

音楽って不思議なもので。人を助ける力があると思っている人がいるし、その力を信じている人もいるし、実際に救われる人もいる。

だからこそこだわりが生まれる。

 

自分の青春を彩ってきた音楽があるのはわかる。その音楽に関して何か『自分の解釈と違ったこと』を言われると腹が立ってしまう人間がいる。

 

それも仕方ないのかもしれない。

自分が敬意を示している、溺愛しているバンドが『他のだれか』によって弄られると、怒るのは仕方がない。青春は自分のものだからだ。

 

特に僕なんか、あんまり聴いてもいないのにわかったように記事を書いちゃう。たぶんファンの人たちに『それは違うだろ』とか思われたりするだろう。

 

解釈なんて人それぞれだし、何を書いても自由だ。

 

文章量が少ないとか、雑にまとめられているから駄目だとか、そういうのが本当に悲しい。

 

評価の方法は人それぞれ。おまえの評価、お前の評論間違っているぞとかそういうの嫌。

 

僕も評論を批判している人が嫌いって時点で矛盾している。

 

過去には批判的な文章も書いているが、それも全然オーケー。僕が納得してるから。問題提起になればいいと思っている。

 

作者の本当の意図は作者しかわからない。曲の意図は作曲者しかしらない。

 

そのバンドに対しての愛情表現が、どうあれ、正直どうでもいい。こんな浅はかなもので評価されるなんて、とか悔しい気持ちはわかるけどね。

 

あなたが思っている憧れは、偶像なのかもしない。あなたが好きなバンドの曲、実は別の人がゴーストライターで作っていますよ。

なんてのもありえる世界が音楽業界である。

 

メジャーなアーティストでも全然あり得る話。ゴーストライターなんて昔からいるし。

 

音楽でなくとも、「これは情熱がつまっているはずだ!」と思っているものが、以外と大量生産で適当に作られているものかもしれない。

 

結局のところ本質をつくには、出来上がった時の作り手の背景を知らなければいけない。

 

そして世の中に出ている芸術といわれるものはほとんどが表面的である。これは相手に伝えるときの媒体に原因がある。ただそればかり気にしていると世の中のものはほとんどが評価されなくなる危険性がある。

 

つまり、媒体に原因を追及することはできない。

 

これは音楽にとどまった話じゃなくて、生活においてもあてはまる。あまりにこだわりが過ぎると、だれかがちょっと違ったことすれば怒り心頭。ガミガミ言っちゃう。まじで謎。

 

 

こだわりが強いと、その自己流の納得を他の人に押し付ける。自己流の納得は親切心としても現れる。

 

自信満々でアドバイスする。なぜか。

それはその人がその納得と流儀で生きているからである。

 

生活レベルに物事を落としこんで考えると、生きていくことが最重要事項となる人が多い世の中。僕もそう。生活するにはお金を稼がないといけないし。お金を稼ぐ術をしっている(仕事ができる、評価されている)先輩が親切心で君にアドバイスする。

 

それは刃物である。大事なのはその刃先が自分に向いているか、それとも取っ手を持たせて自分の武器として使わせてくれるのか。

 

刃物を持った集団が多すぎる。刃先を向けて迫ってくる。そして追い詰める。追い詰められた側は無視するか、やめるか、こだわりがある人を納得させるまでやるか。

 

 

そんなに重要じゃないものを納得させるレベルまで持っていくのがどれ程大変か。皆しっている。だから批判されたら無視が一番。

 

世の中には生きていく為のセオリーもなく、教科書もない。

 

こだわりをもっていて他人にも押し付けず、自分と格闘しながら理想を目指している人ももちろんいる。そういう人こそ評価されるべきだ。

 

 まとめ

 

音楽は俺のほうが好きだ。だからお前よりは詳しいし、意見できる。そういうのが蔓延しているのが世間であり社会であり芸術の裏側だ。

 

すべてのものは誰かにとっては宝物であるし、誰かにとってはただの雑音にすぎない。

 

君が思ってるほど、他の人にとって、それは重要じゃないよ。

 

重要じゃないものをどう扱おうが、勝手だ。ひとつひとつ丁寧に扱うときりがない。自分の尺度やこだわりは、どう頑張っても伝わらないという前提が必要なのかもしれない。

 

大切なものが汚され、投げられ、棄てられたとしても、自分の中では最高だと言えればいい。それを僕も大切だから君も大切にしな!というのは押し付けがましい。

 

その人なりに一生懸命考えたのかもしれないのに、結果がでない、上手じゃないからといって刃物で刺すのは良くないよ。悔しかったり、イライラしたらその感情をバネに、新たなものを生み出したほうがよっぽど建設的だ。叩くだけ叩いてあとはおしまいってまじでダサい。

 

最後に

 

そういう私も叩くだけ叩いてあとはおしまいってやってます。やってるつもりはないけれど、ブログを書いている時点でたぶんやっている。

 

盛大なブーメラン!

 

ネットの世界ってもはやそういうところ!炎上商法がある時点でもうネットは怖いところ!炎上させているのはアンチの人々!アンチが炎上させて盛り上げるという矛盾した構図!すごいねネットの世界。怖いとこやで。

 

 

 

こだわりバカ (角川新書)

こだわりバカ (角川新書)